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引き受けてゆく世界
2016.３.1発行「こうりん」掲載
住職 菅原智之
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暖かな年明けから一転、寒暖の差が激しいこの冬ですね。ですが日の光は確実に力強さを増し、春の訪れももう間もなくです。いかがお過ごしですか。
◇デビット・ボウイが亡くなった
「出会いと別れこそが人生」とは申せ、やはり失うことは辛いです。年明け早々、イギリス人ミュージシャンのデビット・ボウイが世を去りました。６９歳。
映画「戦場のメリークリスマス」で俳優としても有名な彼は、ロック界の伝説です。
最新の音楽とファッションを取り入れ、変化してゆく柔軟性。私は彼の声と歌い方が大好きでした。彼のいない世界は少し寂しい…です。
１年程前、癌を患い告白。闘病中に新アルバムを制作、今年１月８日に発売。そして１０日に亡くなりました。まるで自らの死までも“デビット・ボウイ
”という作品として包括したよう。彼は歌をデジタルに残し、肉体の呪縛を離れ、デジタル・インターネットの世界で永遠のいのちへ。お見事でした。
◇諸行無常を受け取る
行く河の流れは絶えずして
しかも もとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは
かつ消え かつ結びて
久しくとどまりたる例なし。
鴨長明 方丈記
仏教思想の根本は “ 諸行無常 ” です。
それは「世間の変化を哀れむ感受性」と誤解されがちです。勿論それも含むのですが、そこが本質ではありません。何故ならば、例外なく私も変化してゆくからです…。
私が僧侶としてお参りを始めて早２２年。
「よその子は成長が早い」と言いますが、当時の小学生はもう３０歳前後の立派な大人です。時間の経過に驚くばかりですが、当の私も４６歳。すっかり中年まっただ中。
変化してゆく中で、果たしてどれが「本当の私」なのでしょうか？
少年の私、大人の私。学生の私、僧侶の私。子どもである私、父親としての私。大切な人と出会っている私、失った私。健康な私、病気の私。生きている私、死んでゆく私。
本当の私が１つだけならば、その他はすべて偽物の私であり、認められない私なのでしょうか？
例え今の私が「本当の私」であるとしても、「久しくとどまりたる例なし」。諸行無常という変化してゆく真実の前には、脆くも崩れ去るのです。
「これが本当の私」と握りしめた瞬間から迷いは始まります。
それは、願望と欲求にがんじがらめの我が姿であり、それを “ 我執 ” と呼びます。移りゆく現実の中の「本当の私」とは、「今、この瞬間の、このままの私」しかないと悟り、我執からの解放をめざす。これが２５００年前、お釈迦さまがお説きくださった仏教の根本でした。
◇「死ぬ時ぐらい好きにさせてよ」
上の言葉は、新年の大手新聞に掲載された広告の言葉です。そこには川に浮かび微笑む女優、樹木希林さんの姿が。
「人は必ず死ぬというのに。長生きを叶える技術ばかりが進化してなんとまあ死ににくい時代になったことでしょう」と続きます。
彼女は浄土真宗に御縁が深く、それは人生観にも深く根付いています。
癌を患うその身から出る「死を疎むことなく、死を焦ることなく」との言葉。
そして次の言葉を発するのです。
かなわないものを
引き受ける
歩き方だって
あるんじゃないかしら
2016年２月３日発行 毎日新聞夕刊より
肩の力を抜いて、変化してゆく自分を受けいれるその言葉は、そうでない私の凝り固まった心を温かく溶かします。
◇こころは浄土にあそぶなり
宗祖親鸞聖人は９０年の生涯で膨大な著作を残されました。
阿弥陀如来のすくいのお心を、七五調でよまれた和讃は「浄土和讃」「高僧和讃」「正像末和讃」等、500首を数えます。
この他に聖人作と立証されていない「帖外和讃」と呼ばれるものがあります。その中の一首はとても味わい深いものです。
超世の悲願きゝしより
われらは生死の凡夫かは
有漏の穢身はかはらねど
こゝろは浄土にあそぶなり
「生死の凡夫」とは、生老病死（しょうろうびょうし）の中で右往左往している私のことです。
そして「有漏の穢身」は、煩悩が漏れ出ているという我が姿、我執の迷いの姿です。
その私を悲しみ、慈しみ育む阿弥陀如来。「あなたのいのちは、どのような状況にあっても、決して駄目なのではありません。あなたの思い通りになっていないだけです。すべての出来事は、お浄土へ生まれ仏となってゆくいのちの尊い歩みです」と。
阿弥陀如来のお心に出遇う時、私の迷いの姿に気付かされます。お浄土とは、我執を卒業してゆくさとりの世界。「こころは浄土にあそぶなり」は、「認めたくない現状だけれども、ありのままの私こそが本当の私だった」と引き受けてゆく歩みです。
失っても大丈夫。同じ時を過ごすことができたから。変化してゆくことも大丈夫。大いなる願いの中だから。「南無阿弥陀仏」言葉の仏さまと共に歩ませていただくばかりです。
◇ ◇ ◇
春の彼岸を迎えます。このみ教えを聴聞することが浄土真宗です。どうぞお参りください。お待ちしています。
合掌
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