|
|
2019.1発行「こうりん」掲載
煩悩にしばられて
住職 菅原智之
|
| |
いよいよ年の瀬、今年も様々なことがありました。お身内を亡くされた方は、深い悲しみの日々をお過ごしのことでしょう。皆様はどのような年でしたか。
◇欲深き人の心
ゴーン、ゴーンと除夜の鐘が鳴る準備をする中、某自動車会社ＣＥＯの巨額不正疑惑が世間を賑わせています。10億円という報酬にも驚きですが、多額の未申告所得があるのではないかとの疑惑。果たしてどんな結論が出るのでしょうか。
しかし人の欲望の果てしない深さを知らされるようですね。
欲深き 人の心と 降る雪は
積もるにつれて 道を失う
高橋泥舟
お金は大切です。
言うまでもなくそれは生きて行くため、命を支えるものだから。衣・食・住、学費や医療費、そして娯楽等々…。その為にはお金が必要です。
でもその結果、お金に振り回されているのかもしれません。そうだとしたら、まさにお金の奴隷といえましょう。あるドラマの言葉が突き刺さります。
世の中には２つの不幸がある。
１つはお金がない不幸。
もう１つはお金がある不幸だ。
仏教では、生と死に対し戸惑う者を 「 凡夫 (ぼんぶ) ＝ 煩悩に呵まれ迷い続けるもの 」 と呼びます。
凡夫は、手段と目的を取り違える特徴があります。
その原因が 「 降り積もる雪 ＝ 煩悩 」 です。
煩悩は、ただの手段に過ぎないものを目的と誤解し、本末転倒させます。そしてそれに振り回される繰り返し。迷いは益々深まり、道を失うばかりです。
◇除夜の鐘では間に合わない
仏教は、迷いの根本として「煩悩」を見つめます。除夜の鐘を煩悩の数と同じ１０８つ叩き、滅しようという宗派も存在します。
しかし、除夜の鐘をついた程度では煩悩を無くすことが出来ない、それが阿弥陀如来の救いをいただく浄土思想の人間観でした。
宗祖親鸞聖人も尊敬された、1200年前の比叡山横川の高僧源信僧都(げんしんそうず)は仰います。
妄念はもとより凡夫の地体なり。
妄念のほかに別の心はなきなり。
横川法語
自らを見つめると、凡夫である私はその全てが煩悩そのものであったという嘆き。そしてそれにすら気付かないという深い闇…。
◇煩悩の種類
１０８つの煩悩は、大きく３つに分類され、三毒の煩悩(さんどくのぼんのう)と呼ばれます。
・１つには「貪欲(とんよく)」。果てしない貪りの心。
・２つには「瞋恚 (しんに)」。自分の思い通りに
ならないことによって生じる怒りの心。
・３つには「愚痴 (ぐち) 」。自分のあり様を
知らないが故に自ら迷いの境涯に陥っている
という根本的な愚かさです。
でも「煩悩がなければ進歩はない。そもそも、生きるということも煩悩なのではないか？」という疑問に突き当たります。全くその通りです。
煩悩は希望の種でもあります。仏教はそれを否定しません。煩悩に「執着」する私を問題とするのです。
煩悩は「理想の私」を描き出します。
「私とは、若くて健康で、家族に何も心配なく、衣食住などの生活様式はこうであるべき。仕事はこうでなければならない。〇〇歳まで必ず生きて、寝たきりの私は認めない」等々。
理想の私という願望は尽きず、もっと欲しいと際限なし。この煩悩にがんじがらめの姿を「我執(がしゅう)」といいます。
◇そのままの救い
理想の私と、「叶えば良いねー」ぐらいに程々につきあうのならば微笑ましいものです。
しかし「こうでなければならない」としがみつく時（我執）、自らを苦しめるだけでなく、それは我が身可愛さのエゴとなり他人をも苦しめます。
この社会は他者との関係性で成り立っていますから、「私の利益は他人の不利益」であり、全てが私の思い通りにはなりません。
例え願いが叶った瞬間があるとしても、叶い続けることは不可能。
そしてこの命は、私の思いに関係なく「老・病・死」「愛しい方との別離」をしてゆきます。不老不死は夢のまた夢…。全ては諸行無常、時々刻々と変化することから逃れられない私でした。
我執の束縛から離れたお方を、仏教ではさとりの仏と呼びます。その仏さまである阿弥陀如来は「そのままのあなたを救う」と仰います。
しかし私は「いえ、このままでは駄目です。理想の私でなければならないのです」と我執から離れられない…。
でもそれは、今の私を否定するということに他なりません。煩悩の奴隷。私を苦しめているのは、いつも“私 ”なのです。
◇ ◇ ◇
ゴーンという鐘の音は、我執する私に「目を覚ましなさい」という仏からの響きです。思い通りにならない人生。でも決して虚しい歩みではありません。
新年は是非ご一緒に仏さまの心を聴聞して参りましょう。お待ちしております。
合掌
|
|
|
|
目次へ