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2019.9発行「こうりん」掲載
“私”という悲しみ
住職 菅原智之
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異常気象という言葉も耳慣れました。もう環境が変わったのでしょう。しかしこの夏は急に暑くなり大変でしたね。秋風が待たれるこの頃、如何お過ごしでしょうか。
◇暴走する自我
理解に苦しむ事件が相次ぎます。
特に多数の死傷者を出した７月１８日の京都アニメーション放火殺人事件。その理不尽さと現場の凄惨さに、心塞がれた方も多かったことでしょう。
４１歳の容疑者を追い詰めたものは何だったのか。彼自身の口から聞きたい思いです。
現代は「あなたには無限の可能性がある」と育てられます。でも「あなたに与えられている資質は有限」という現実は語られません。それ故に、自尊心は果てしなく肥大化しています。しかし資質は有限故に個々の能力に限界があり、それがあなたと私の違いになることもまた事実。
どこまでも高まる自尊心と相反する他人からの評価。「私の評価がこんなに低いものであってよいはずがない」と鬱憤をため、「私を評価しない社会が悪い」と責任転嫁。そして肥大化した自我が暴走。正義は我にありと。
人間みんな裁判官
他人は有罪
自分は無罪
それはまさに、自分は無罪という判決が下った姿なのでしょう。
◇本当に自分を愛するということ
この自我を暴走させるものとは、「我が身可愛さという煩悩」です。自我と煩悩の集合体が“私 ”の姿に他なりません。
つまり、この私自身も、何かのきっかけで暴走する危険性を持っている危うい存在なのだと言えましょう。
思想家の内田樹氏はこう指摘します。
自分の弱さや愚かさや邪悪さを含めて、
自分を受け容れ、自分を抱きしめ、
自分を愛すること。
多くの人が誤解していることですが、
僕たちの時代にこれほど利己的で
攻撃的なふるまいが増えたのは、
人々が「自分をあまりに愛している」
からではありません。
逆です。
自分を愛するということがどういうこと
かを忘れてしまったせいです。
「呪いの時代」新潮文庫
誰にも「認められたい」承認欲求があります。ＳＮＳで「いいね」の数を競い合う世相もその現れなのでしょう。でも、その方向が間違っているのです。自分の愛し方が。
◇恥ずべし、傷むべし
浄土真宗の宗祖親鸞聖人は、阿弥陀如来の「摂取不捨の救い＝すべての命をそのままに抱き取り離さないはたらき」と出遇われる中で、自らが抱える自我と煩悩の姿を知らされ、それと向き合いながらも、救われてゆく安らぎを得たのでした。
悲しかな愚禿鸞(ぐとくらん)、
愛欲の広海に沈没し、
名利(みょうり)の太山(たいせん)に迷惑して、
定聚(じょうじゅ)の数に入ることを喜ばず、
真証(しんしょう)の証(さとり)に近づくことを
快(たの)しまざることを、
恥づべし傷むべし
「教行信証」信巻
意訳 阿弥陀如来に抱かれている愚僧の
私親鸞は、愛憎と名誉欲という肥大化した
自我に縛られて、仏のさとりも喜べない、
恥ずかしくも痛ましい姿でした。
仏教は、この肥大化する自我と向き合ってきました。しかし宗教が軽んじられる現代。
自我と向き合う唯一の基準が「警察に逮捕される・されない」だけだとしたら、恐ろしい事件は起こり続けてしまうのかも知れません。何しろ「自分は無罪」なのですから。
◇ ◇ ◇
秋のお彼岸です。彼岸とは、阿弥陀如来のお心と出遇う時節。ご一緒に向き合わせて戴きましょう。
合掌 |
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